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2014年10月

2014年10月25日 (土)

目の前のことを大切にするから、大切な日が生まれる。

 『映画は冒頭が最も大切』
 以前、中谷先生から教えて頂いたことです。

 映画【イコライザー】の冒頭で、マーク・トウェインの名言が出てきます。
 『人生で一番大切な日は、生まれた日と、自分が生まれた理由がわかった日だ』
 この冒頭の言葉が、映画のあらゆるシーンと結びついてきます。

 主人公のマッコールが、『老人と海』を読んでいました。
 『私はこの老人の生き方が好き』と、以前ヒデミさんが言っていたことを思い出しました。
 すぐに買いに行って、私も読みました。
 教科書に載っていたようですが、勉強しなかった私にはまったく記憶がありません。
 老人が漁師としての人生の最期に、最大の大物と遭遇します。
 この大物との闘いの中に、老人は最高の『生きている実感』を得たのではないだろうか、と思います。
 『俺は、こんな闘いをもう一度したくて、今日まで漁に出続けたんだ』
 そんな老人の心の声が聴こえます。
 老人にとって海は、生きる場所であり、生きる理由なのです。


 偶然カフェでマッコールと出逢った少女が、『もう釣れた?』と聞くシーンがあります。
 マッコールは少女に、老人は人生の最後に、最高の敵に出逢えたのだ、と話します。
 この出逢いがマッコールの静かな生活を一変させます。
 元CIA工作員としての力を使う生活が始まるようになるのです。
 『罪のない人が酷い目にあうなら、容赦しない』
 それが、マッコールの本当の生きる道だったのです。

 PG-12と年齢制限のある映画だけにエグいシーンも多いのですが、マッコールが本当の自分を生きることが、未来を想い描けずにいた少女の生きる道に、光を灯しました。
 生まれてきた理由がわかった二人は、再び出逢い、笑顔でそれぞれの道に向かいます。


 『なんのために生きているのか考えよう』とよく本に書いてあります。
 そんなことをイチイチ考えていても、しょうがないように思います。
 今目の前のことにしっかりと向き合っていく中で、のちに自然と感じるものだと思うのです。
 あとづけです。
 マッコールも目の前のヘルプに対して、黙っていられなかった。
 ただそれだけです。
 そして、火の中に自ら足を踏み入れていくのです。
 少女も、変えられぬ現実を、それでもなんとか生きようとします。
 そして道が、一気に開けたのです。
 今の自分の持ち場をしっかりと生きていけ。
 この映画からキャッチした、メッセージです。

 P.S.
 最初と最後では、少女の表情がまるで別人です。
 1000倍、可愛くなりました。

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2014年10月23日 (木)

映画は、学ぶべきことを教えてくれる。

 自分だけがいい思いをしたいと考えると、人はブレ始めます。
 自分以外の誰かを救いたい、という気持ちを持つと、人は強くなれます。


 映画【グレース・オブ・モナコ】で、公妃グレース・ケリーは、『私が』から『あなたのため』に、『あなたのため』から『あなたたちのため』に、さらには『国民のため』にへと、意識が変わり、行動が一変していきます。
 グレース・ケリーも、孤独感から、自分の立場を見失います。
 そんな時、そっと助言をくれる神父さんの支えが力となり、自らの意識を夫レーニエへと向けていきます。
 『どうすれば、夫を支え、子供たちの成長を見守っていくことができるのか』と、考えるようになるのです。
 それが危機にさらされた国民を救うことにもなるのです。

 グレース・ケリーは周囲ではなく、自らが変わることを選択しました。
 それで周囲が変わる保障など一切ありません。
 それでも、自分が家族にできる最大限のことをしようと決意したことで、国単位が動き始めたのです。

 どうしても自分の今の環境を守ろうとしてしまいます。
 その気持ちが強くなり過ぎると、不安ばかりが募り始めます。
 そうなると動こうにも動けなくなるのです。
 映画を振り返りながら、自分のことと照らし合わせると思い当たる点がいくつも見つかりました。
 自分が今一番しなければならないことは、自分だけでなく、自分の周囲の人に目を向けることでした。

 いつも忘れてしまいますが、今一番意識して行動し、私が学ぶべき点です。
 先月、そうアドバイスを受けたことを思い出しました。

 今一度、やり直しです。

 P.S.
 先日観た、映画【プロミスト・ランド】のコピーは、『人生はいつでも、やり直せる。』でした。
 遅かった、とならないようにしよう。


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2014年10月22日 (水)

自分だけの、モチベーションアップ法を見つけよう。

 マイさんに『先生、彼女できた?』と聞かれました。
 恋人はできました、と伝えました。
 

 恋人を辞書で調べると、一方的ではダメ、と書いてあります。
 お互いが思い合う関係が恋人、とのことです。
 
 射水流は片想いでも、『恋人』でいいことにしています。
 その方が、たのしくないかな。?

 施術中の恋愛話はおもしろいです。
 『想いは伝えているんだよね。3回くらい』と言ったら『え~すてき~』と言われました。
 ありがとう、マイさん。
 『でも、私だったら3回言ってダメだと自分が否定されているようで嫌かも』とも言っておりました。
 なるほど。
 そういう考えもあるのね。

 マイさんとはいつもダイエットの話になります。
 『いざと言う時のために、ダイエットしてるの』とマイさんは言います。
 それが一番いいモチベーションではないでしょうか。
 私もまったく同じです。
 走ったり、嫌いだった筋トレを始めたのも、やはり恋愛です。
 その時のベストで逢いたいと思うから、やはりたるんだ状態では嫌なのです。

 マイさんは、誰が観ても美人と言うであろう方です。
 やはり美人な方は、みんな陰で努力しているのですね。
 そう思いました。
 よく『先生は食べても太らないからいいわね』と言われます。
 そんなことはありません。
 私の場合、太らないと決めているだけです。
 だから食事制限もするし、運動もしています。
 なにもしなければ、普通にたるんたるんです。

 以前観た、映画【蜩ノ記】で、『逢えなくても、どこかからきっと同じ景色を観ているのだなと思うと、それだけでもうれしいものです』というセリフがありました。
 毎朝白金台を走りながら、きっとこの景色を恋人(私の一方的なね)も観ているのだな、と思うと、なんとなくそんな気もします。
 好きな人はいた方がいいですね。
 その方がたのしいです。
 日々の仕事の原動力にもなりますからね。

 P.S.
 明日も朝から走って筋トレして、水風呂です。
 この時期の水風呂は、すでに修行です。

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2014年10月21日 (火)

負の事前予測が、チャンスにもなる。

 自分の好き嫌いを一度フラットにしてみることです。
 
 自分勝手な事前予測でチャンスを失っていることに気づくと、出逢います。


 ヒロコさんを施術中、絵画の話になりました。
 『私はシスレーのような絵が好き。その場に行ってみたくなるじゃない』
 それに共感できる自分が、うれしかった。
 今年のはじめは何もわからなかった自分が、シスレーと聴くと2,3個好きな絵がポンッと思い浮かぶわけです。
 シスレーの生い立ちを知ると、また横のつながりを知ります。
 それぞれの人生にはドラマがあり、大変な人生を歩んでいる人が色鮮やかな色彩で描いていたり、逆に、なんでこんな暗い絵を描いたのだろうと思うようなこともあります。
 音楽がメロディーと歌詞を通じて想いを表現するように、絵画の世界も、色や情景から受け取るメッセージがあるのです。

 展覧会に行くようになり思うのは、興味のないと思い込んでいるモノこそ、触れてみる価値は大いにある、ということです。
 大学時代、『芸術とはなにか』、という授業で、レポートの課題が出ました。
 
 オランジュリー美術館展に行き、本を買ってきて丸写しで提出しました。
 私はまったく絵画に興味がありませんでした。
 とにかく適当に提出して早々に終えたかったのです。
 『こんな絵を観てなにがおもしろいのだろうね』
 そんなことを言っていました。
 観る前からつまらないものだという思い込みがあったわけです。
 
 それでは何かを感じ取ることはできません。
 “つまらない”は、視野狭窄です。

 大人になるにつれ、自分の中に一種の壁が生まれます。
 『こんなの私には関係ない』という壁です。
 興味がないからやらない、というのは効率的ではあるかもしれませんが、損だな、とも思うのです。
 映画も、『そんなに観たくないけど』というものの方がおもしろかったりします。
 思い込みという事前予測は、自分で自分のたのしみを奪っているかもしれないのです。

 この思い込みの事前予測によるチャンス欠乏症は、仕事も恋愛にも、すべてに言えるように思います。
 『きっとこの商品は売れないし』とか『ここは、営業いくだけ無駄かな』とか。
 
 『きっとあの人とは合わない気がするし』とか『きっと遊び人だし浮気されるから』と、勝手に自分であきらめてしまう人がいます。
 こういう人は、チャンスを自分で失っているのです。
 そのことに気づくと、そんなことでやらない選択をすることがなくなります。
 まず飛び込んでみる。
 それから、考える。
 それくらいの感覚でいる方が、人生が色鮮やかなものになりそうですね。

 P.S.
 渋谷Bunkamuraで、またひとつ、色鮮やかな、素敵な絵画に出逢ってきました。

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2014年10月13日 (月)

通信作成中です。

 現在、季刊の通信を作成中です。

 今回、なかなかエンジンがかからず遅くなってしまいましたが、もう少しだけ待ってて下さいね。

 今回が第32号です。
 チリツモですね。
 最近出かけても、あまり写真を撮らなくなってしまったことが、ここに響く。
 撮っておけばよかった。
 今後、最低限は残しておこうと思います。
 Wordのバグも多くて、やりにくいのもなかなかのストレスです。


 五反田、かなり雨が降ってきました。
 明日は定休日です。
 午前中に歯医者です。
 台風の中、行くことになるのかな。
 仕方ないですね。

 治療中の所が、噛むとまだ痛みます。
 かといって、逆を使うと知覚過敏で沁みるしみる。
 こうも通っていると歯医者ブロックはなくなりました。
 これは良かったこと。
 歯医者が嫌でいつも先延ばしにしていました。
 今回のことを機に、これからはちゃんとケアできそうです。
 行くたびに解決に近づくので、今ではむしろたのしみになっています。


 P.S.
 台風、皆さんもお気をつけて。
  
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2014年10月12日 (日)

『つまらない』を、卒業しよう。

 あらゆる体験は、五感をフルに使って、たのしみます。
 『つまらない』という言葉は、五感の閉じている人が言います。
 同じ勉強をしても、『つまらなかった』と言う人もいれば、『メチャクチャおもしろかった』と言う人もいます。
 『つまらない』と言うのは、『私は感じ取るだけの能力がありません』と、自ら宣言しているのと同じです。
 どんなことからも、感じとり、自らの血と肉に変えられる人は、五感が開いている人です。
 そういう人は、学びの達人だと思うのです。

 
 

 治療家仲間の古庄くんは、学びの達人です。
 白金台にある焼肉『金舌』に行きました。
 古庄くんがすごいのは、店に着く前から『うまいものを食べるモード』に入っていくところです。
 食べる前からすでに、『うまい』と言っています。
 白金台にあるお店、というだけで、すでにうまいと思っているのです。
 
 店が観えると、『やっぱり、もうこれうまいに決まってるじゃん、どんな人がこんなとこで食うんだ、きっと芸能人がぁ』なんて言っています。
Photo
 そのテンションで、すでに私の脳までも『ココはうますぎるに決まってる』になっています。

 『苦手なものも食べてみるのもいいもんだね』と古庄くん。
 どうやら彼も、私と同じく、レバーが大の苦手なようですが、『あれ、うまいうまい』と食べています。
 
 
 岩塩がぎっしり敷かれ、その中央にある石焼。
 美しい四角形に切られたレバー。
 その石焼にレバーを乗せた時の、音と香り。
 
 
 苦手なハズのレバーが、生まれてはじめて美味そうに見えたのです。
 私も飲み込まず、味わって頂くことができました。
 これは、奇跡です。
 人は味覚以外の感覚で、苦手意識を超越することができるようです。

 
 私たちの治療の仕事で考えたら、技術だけを磨いても、その周辺のコトがおざなりでは片手落ちだということです。
 せっかく良い技術を持っているのであれば尚更です。
 それを活かすべく、周辺のコトにも気配りが大切だと思うのです。
 技術は当たり前として、『さらに何を与えられるのか』が勝負ではないでしょうか。
 あらゆる仕事に、当てはまることですね。

 

 なんでも最初から疑ってかかる人の学びは半減します。
 悪いところばかりを言います。
 『もっとあーすればいい』『あの人の態度が』と、悪い点ばかりを見つけます。
 悪い点など、かんたんに見つけることができるのです。

 最初から『おもしろい』『うまい』『これは最高だ』と言っている人は、その言葉を証明すべく、おもしろいこと、うまいもの、最高なところを探し、見つけます。
 あらゆることをたのしめるモードなのです。
 本来、学ぶことはたのしいことです。
 勉強がツマラナイのは、学生時代の勉強スタイルのままだからです。
 大人スタイルの勉強は、発見の連続だからおもしろいです。
 仕事も勉強をしなければ、おもしろさがわかりません。
 勉強をするから、仕事のおもしろさがわかってきます。
 五感をフルに使い感じることで、『つまらない』という感覚が欠落し、なんでも『つまる』ようになるのです。


 P.S.
 古庄くんは、『つまりっぱなし』です。
 古庄くんのおかげで、普段なら食わないであろう大動脈やアキレス腱も、おいしく頂けました。
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2014年10月10日 (金)

必ず死ぬなら、いい表情で過ごそう。

 みんな必死です。



 今になって蚊に刺されまくっています。

 夏は、ほとんど蚊に刺されませんでした。
 今、蚊も最後の一太刀を浴びせるべく、おもいっきり血を吸ってきます。
 だから通常よりも腫れます。
 逃げ足も速いように思います。
 蚊も生きるのに必死です。
 そう思うと、まぁ、俺の血で良ければ吸ってけよ、と思えます。


 毎朝走っています。
 すれ違う人で、今にも倒れそうな顔をしている人と、やるぞッという顔をしている人とがいます。
 それを見て、走りながら自分の表情を変えます。
 できるだけ元気そうな顔をして走るように心掛けています。
 ひとりの人間は毎日最低でも100人の人に、なにかしらの影響を与えているということを本で読みました。
 どうせならいい影響を与えたいので、ハッと気づいた時、自分の表情をまず変えるようにしています。
 けっこう深刻そうな顔をしているものです。
 ちょっとだけニコッとした表情にしてみる。
 それだけで、自分の気持ちも変わります。
 『あの人の表情は暗いから嫌だ』とか言っても仕方ないのです。
 一番簡単に変えられるのは、自分の表情です。


 今にも倒れそうな顔をしている人も、やるぞッといういう顔をしている人も、根っこは同じだと思うのです。
 蚊も同じです。
 必死なのです。
 その人なりの必死なのです。
 生きることは、必死なのだと思います。

 どうせ必死なら、少しだけでもいい影響を与えられるような姿勢でいたい。
 今日も1日、昨日よりいい影響を与えて生きようと思うのです。

 P.S.
 今から良い顔して、走ってきます。

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2014年10月 8日 (水)

先達に触れることで、品格を磨くチャンスを頂いている。

 自分の立たされた環境に文句を言いながら過ごす人もいれば、その中でできることを まっとうして過ごす人もいます。
 
 どちらかひとつです。
 この2つのタイプしかいません。
 どちらの道に行くのかは、自分で選べます。
 


 映画【蜩ノ記(ひぐらしのき)】を観ました。
 

 決して罪とは言えぬことで、10年後、もしも自分が切腹を言い渡されたら、どんな気持ちで生きるのでしょうか。
 『いやいや、私はそんなことをしていません。切腹なんておかしいでしょう』と食い下がり、無実を訴えることに専念するのではないだろうか。
 家族や仲間に、自分の無実を伝え、共感を求めるのではないだろうか。
 周囲の目を気にして生きるのではないだろうか。

 役所広司さん演じる主人公、戸田秋谷(しゅうこく)の、武士としての見事な生き様と、それを見届ける家族や弟子との絆。
 
 秋谷は恥じるようなことはしません。
 運命を受け入れ、その日までにできることを最大限やろうとする人です。
 家族に共感を求めるようなことをせずとも、自らの生き方を通じて、背中で語ります。
 その姿勢に、家族は秋谷を信じ抜くのです。
 
 秋谷の妻と娘も、父を誇りに思って生きています。
 決して本人の前で涙を見せません。
 毅然とした姿勢で、10年の歳月を共に過ごすのです。
 女性としての武士道を感じます。



 この時代の先達が残してくれた姿勢から学ぶことは多いです。
 当時が大変で、今が楽、ということではないと思います。
 その時代ゴトに、人々が抱える問題も違うでしょう。
 

 ただ、どんな世の中であれ、自分の努めにまっとうして生きるのか、時代のせいにして文句を言いながら生きるのかは、自分で決めることができるのです。
 秋谷も、文句を言うことだってできたハズです。
 でもそれをしないのです。
 しない生き方を選び、自らの人生をまっとうしたのです。


 
 
 いま私に必要な学びは、このように生き抜いてきた日本人を描いた映画や本に触れることだと感じています。

 自分の立たされた環境に文句を言いながら過ごす人もいれば、その中でできることを まっとうして過ごす人もいます。
 
 どちらかひとつです。
 この2つのタイプしかいません。
 どちらの道に行くのかは、自分で選べます。
 


 P.S.
 【女子の武士道】という本を読みました。
 秋谷の妻と娘のことが、書かれている本だと思いました。

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2014年10月 7日 (火)

決定事項として、身体を動かそう。

 時間は、未来から過去に向かって流れている。
 



 中田英寿さんがこんなことを言っていました。
 完全にボールの軌道がイメージできて、そこに蹴れば決まることがわかるのだと。
 そういう時は、相手選手のことは、一切関係なくなるのだそうです。
 ここでフェイントをかければ、この人はこう動くから、次にここに蹴れば、入る。
 そんなイメージが完璧に思い描ける瞬間があるそうです。
 その軌道の通りにボールを蹴れる。
 そして、当然、その通りになる。


 これはすでに未来が見えていて、その通りにコトを進めると、そうなっている。
 ゴールを決めるためにそうする、ということとは、違います。
 ゴールがすでに【決まっているから】、そうする、ということです。
 未来完了です。
 その人の身体の中では、すでに完了してしまっているのです。
 これが未来から過去に、時間が流れている、ということです。



 清澄白河にある東京都現代美術館へ行きました。
 【新たな系譜学をもとめて~跳躍/痕跡/身体~】というイベントタイトルで展示されています。
 上記、中田さんの話も、会場で流れています。
 中田さんが、元フランス代表のジダン氏について話しています。
 ここでは時間についての話はなかったのですが、プレーをしながらも、その先が完璧に思い描ける瞬間があるというのです。
 スポーツをやっていた方なら、誰しもそんなことがあるのではないでしょうか(レベルを問わず)。

 偶然買った【カラダという書物】という本にも、このようなことが書かれていました。
 医者になりたいから勉強するのは、過去から未来の発想。
 意識の中で、すでに医者になっているから勉強する、というのが未来から過去の発想。
 意識と言うのは完璧だ、と。
 決定事項なわけです。

 来年以降のことも、早く決めてしまうというのも、こういうことなのだと思います。
 自分で決めてしまう。
 すでにそうなっている、という意識の状態で身体を動かすこと。
 そうなるためにする、のではなく。
 すでにそうなっているから、する。


 

 
 P.S.
 美術館に4時間いたようです。
 随分長いこといたようですが、感覚的にはあっと言う間でした。
 時間の感覚って、おもしろいですね。
 

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