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2014年12月

2014年12月31日 (水)

9:1の、1に目を向けよう。

 治療院近くにある、陳麻家のチンマーハンにハマっています。
 ジュンコさんに『先生、いまさら遅くないですか』と言われました。
 
 五反田にある人気店のひとつです。
 開業当初からおいしいよ、と聞いていましたが、先月はじめて行きました。
 四川麻婆の山椒が強烈で、ヒリヒリ辛いです。
 食べた後、いつも空気が甘くなります。

 


 今月はじめて走りました。
 この冬は、走る時は半袖短パンと決めています。
 行くまでは、寒くて無理と思います。
 部屋の中で着替えている時が一番寒いのです。
 着替えて外に出ると、寒さはきつくありません。
 これから30分走る覚悟が決まっているからです。
 寒さから逃れようとすると、寒さが際立ちます。
 寒さに立ち向かう覚悟が決まると、つらくなくなります。
 走っていると体温が上がってきます。
 こんな寒さでも30分後には、うっすらと汗をかいています。

 12月の水風呂は、11月とはまったくの別物です。
 手先と足先がしびれます。
 全身水に浸りながら、ヨーガの呼吸法をします。
 その姿を人に観られたら、完全にアホな状態です。
 
 『そんなことなんでやるの?』と聞かれても、わかりません。
 
 好きでやっています、としか言いようがありません。
 一番好きな瞬間が、水の中から上がる瞬間です。
 よく、体がポカポカしてくると言いますが、その表現は間違っています。
 肌がヒリヒリと焼けるように熱いのです。
 
 今まで寒いと思っていた空気が、焼けるように熱く感じるのです。
 その瞬間が最高です。
 これはやってみないとわからない感覚です。
 やってもわからないかもしれません。
 続けないとわからないかと思います。
 

 


 水風呂は、チンマーハンを食べた後の、空気が甘い感じに似ています。
 冬の空気は、寒いとばかり思っています。
 それは思い込みではないだろうか。
 空気には味がないと思っています。
 それも思い込みではないだろうか。

 自分の状況次第で空気は熱くもなり、甘くもなります。
 水風呂から上がった時の肌のヒリヒリ感は、まるでチンマーハンのようです。
 

 五感の中でも、触覚はすごいと思います。
 もしも触覚がなければ、触れている感覚がありませんから、自分と、自分の外との境がなくなります。
 机に触れても触れた感覚がありませんから、『机も私』になるのではないでしょうか。
 触れるという感覚は、他の4感覚すべてをモーラしているように思います。
 視覚は『目で触れる』ことですし、聴覚は『耳で触れる』ことです。
 もし触覚がなければ、目で見ているものすべてが私になるということなのだろうか。
 感覚として、境目がなくなるのですから。
 

 ヒリヒリしながらそんなことを考えました。
 体をいろんな状態に晒してみると、新たな発見があります。
 皆が厚着をして走っているなら、薄着で走ってみる。
 皆が運動後の温泉が最高と言うのなら、水風呂は最低かどうかやってみる。
 自分が最高と思っていることと、真逆が最高という人が必ずいます。
 そこにおもしろさを感じます。
 5:5よりも、9:1に割れるものに、何かがあります。
 9:1の1に食い付いてみたくなります。

 使わない機能はなくなります。
 体でいろんなことを感じて学んでいく。
 そんな生活スタイルが、私にはたのしいようです。

 P.S.
 水風呂後の、乾布摩擦もなかなかイイです。

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試合よりも、その立ち居振る舞いに、深い感動がある。

 強くてカッコいい人は、いい時だけでなく、悪い状況の中でも姿勢がカッコいいです。
 

 井上選手と試合をした、アルゼンチンのオマール・ナルバエス選手は、本物の伝説の世界チャンピオンでした。
 
 初回の2度のダウンにも、表情は一切変わりません。
 苦しい表情を見せず、落ち着けるための呼吸とモーションをとります。
 2ラウンド目も、きれいにカウンターの左をもらい、ダウンをしました。
 それでもまだいける表情をしています。
 最後のダウンも、一瞬で倒れたかのように見えますが、ギリギリのところまで我慢しています。
 八重樫選手も同じような倒れ方をしました。
 スッと静かに膝をつくのです。
 こういう倒れ方が一番苦しんでいます。
 思いっきり意識を失うような壮絶なダウンシーンよりも、ものすごくリアルなものを感じます。
 カウント中に、ナルバエス選手はほんの一瞬だけ苦悶の表情を見せました。
 メチャクチャ苦しいのです。
 ひとりで立ち上がり、自陣のコーナーに帰る最中に、またしゃがみこみました。
 試合が終わっても、最後の最後まで我慢しています。
 その姿がメチャクチャカッコいいのです。
 キャリアでダウン経験は今日が初めてだといいます。
 12年間負けずにチャンピオンであり続けた男の意地は、負けて苦しい状況においても消えることはありませんでした。

 試合後、『君は強いよ』という表情で、井上選手に向けてグッと親指を立てました。
 井上選手がマイクで『日本に伝説のチャンピオンが来て試合をしてくれたことに感謝しています』と伝えると、ナルバエス選手が頭を下げました。

 本当に強い人の立ち居振る舞いは、観ていて美しいものがあります。

 自分が本当に苦しくなったとき、どんな立ち居振る舞いができるだろうか。
 日頃の積み重ねが、大事な場面で表に出るのだと思います。
 ナルバエス選手がキャリア47戦で築いてきたものを、2ラウンドの試合の中でたくさん観れたように思います。

 P.S.
 勝った新チャンピオン、井上選手のこれからが、たのしみですね。

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2014年12月30日 (火)

一兎を追う者は、二兎をも得るわけがない。

 あきらめることは、かんたんではありません。
 あきらめることは、辛いです。
 ならば一縷の望みをつなぐ辛さを選ぶべく、今できる限りのことをすべてやってみるべきだと、奇跡の歌が教えてくれました。

 


 映画【ザ・テノール~真実の物語~】にもなった奇跡の天才オペラ歌手、ベー・チェチョルさんご本人の歌を、教会で聴かせて頂きました。

 ノリコさんが『先生時間が合うようなら行ってきて』とチケットを譲って下さったのです。
 
 この映画のチケットも、娘さんのジュリさんから頂きました。
 ジュリさんのお姉さんが、この映画の通訳をしています。
 オペラに行こうと思ったことが、導かれるかの如く、機会に恵まれました。

 
 
 『人間の体はどうなっているのだろう。』
 『どこまで可能なのだろう。』
 ヨーガの成瀬先生に出会った時も、同じことを考えました。
 本気で望み、覚悟を決めて臨めば、できないことはないのかもしれません。
 その体現者が、ベー・チェチョルさんです。
 甲状腺ガンの手術で、声帯と横隔膜の神経を切断し、右の肺の機能も失いました。
 今も右側の声帯が完全に麻痺した状態のまま歌っているのです。
 
 全盛期の6割とは言いますが、私にはわかりません。
 どれだけの厳しいリハビリだったのだろうと思うのです。

 私は両鼻を手術したことがあります。
 手術後、声を出そうと思っても、まったく出ませんでした。
 先生が『手術の際、声帯と気管に傷がついたからしばらく声出ないよ』と教えてくれました。
 『ありがとう』が言えないのです。
 『あああああ~(ありがとう)』という感じです。
 苦しかったけれど、時間が経てば治る前提ですから、別に落ち込むことはありません。

 チェチョルさんは、命か歌かの選択を迫られます。
 『アジア史上、最高のテノール』と、ヨーロッパでの評価を勝ち取って間もなくです。
 歌うことが人生であり、命そのものです。
 手術で神経が切断され、声は戻っても、歌うことは絶対に不可能と言われます。
 絶望のどん底です。
 その状態からの復活は、執念よりも強烈な何かがなければできないと思うのです。

 手術中にチェチョルさんが歌うシーンがあります。
 実際の手術も歌いながらの手術だったと言います。
 チェチョルさんだけでなく、一色教授からも、執念以上の強烈なものを感じます。
 命か歌かの選択で、両方取りに行ったのです。
 どちらか一方の選択をしていたら、どちらも失っていたかもしれません。


 あきらめることはかんたんと言いますが、逆です。
 チェチョルさんにとっては、あきらめることが辛くて辛くてどうしようもなかったのです。
 
 あきらめるくらいなら、死にたいくらいの気持ちです。
 だからこそ、復活したのです。
 一縷の望みとは、自分で絶つことも、つなぐこともできるのです。
 
 つなぐためには、できる限りを尽くす覚悟が伴います。
 それは本人が決めることなのだと、チェチョルさんの歌を聴きながら、教えて頂きました。

 
 自分で望みの火種を消すのだけは止めよう。

 P.S.
 『私が、アノ伊勢谷友介さんが演じた音楽プロデューサーです。』
 司会の、一見、普通のオッサンが、その日一番の笑いを持っていきました。

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2014年12月29日 (月)

言い訳から、はじめよう。

 なにを書けばいいか、わからなくなりました。
 最初はそんな感じでしたが、無理やり自分の体験を書いていました。
 だんだんそれすらも、できなくなりました。
 

 なにを書けばいいのかわからない。
 それはただの言い訳です。
 そう思うのですが、言い訳しないと、またこうして書けないので。



 漫画はじめの一歩に出てくる2階級制覇のボクシング世界チャンピオンの鷹村守の言葉にホッとしました。
 『男なら言い訳をしろ。言い訳しないで受け入れたら、そこで終わりだ。もう次はない。』

 『言い訳するな』が普通です。
 言い訳して怒鳴られてもいいから、前を向くには言い訳が必要だ。
 鷹村さんが試合に負けた一歩に言うのです。
 はじめて、漫画のページを折りました。
 そのシーンを何度も読みました。
 ちなみに、鷹村さんは『最強の俺様には必要のないことだがな』とのことですが。
 はじめの一歩109巻は、枕元に置いてあります。


 
 

 ブログをやめてたことで、フェイスブックやツイッターも、個人的なメッセージ以外はまったく見なくなりました。
 人からの『いいね』も、もうどうでもよいものです。
 今までは、随分とマメにチェックしていたな、と思います。
 一度SNSと離れて、よかったなと思います。
 今後、SNSはもういいな。
 特に、私のような他人の評価をメチャクチャ気にするタイプは、一度離れてみるといいかもしれません。
 今、私にとってのスマホの役割は、電子マネーくらいなものです。

 人からの評価を気にしていると、結果的にカッコ悪くなります。
 2014年は、そんなことを学びました。
 言葉ではかんたんに聞こえるし、そりゃそうだと思うかもしれませんが。
 私にとっては、たいせつな学びです。

 上がったり下がったりしながらも、前進しています。
 ダメになることはありません。
 どちらも前には進んでいます。
 
 上がっている時も、下がっている時も、どちらも大切な同じ時間です。
 その時間を共に過ごしてくれた方々に、今はただただ感謝です。

 


 この12月は1回も走れませんでした。
 あらゆる忘年会も欠席。
 体の調子が悪くなりました。
 久し振りです。
 昔手術をした蓄膿だと思うのだが、とにかく割れるような頭痛が半端なく酷かった。
 私の場合、体の調子が悪くなると、治療院は忙しくなるという絶対法則があります。
 なら、ずっと調子崩していた方がいいのでは?と思いますが、そうも行きません。
 健康である時には、そのありがたさに気づけない。
 それは、あるから。
 なくなると、気づく。
 そして思うのが、その失っている最中すら、実は完璧だということ。
 起こることすべて、オールオーケーです。


 なにを書けばいいかわからなくなった。
 SNSにとらわれた。
 体調不良。

 すべて、来年に向けての言い訳です。

 P.S.
 『先生、はやくブログ書いてよ』って、たくさん言われ続けました。
 待っていてくれて、ありがとう。

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2014年12月 5日 (金)

余韻をたのしもう。

 マナーの悪い人は、チャンスを逃します。

 私は映画の本編が終わって、エンドロールまで観ます。
 観るというよりは、その余韻が好きなのです。
 運動後のクールダウンと同じです。

 エンドロールが流れ始めると同時に、しゃべりだす人がいます。
 席を立つのは自由ですが、黙っていてほしいです。
 席を立たない人にとっては、まだ終わっていないのです。

 現在公開中の“ある映画”を観たら、実は続きものでした。
 そんなことは一切公表されていません。
 エンドロール中、『続きはいつやるんだろう』と思っていると、最後の最後に予告編が始まりました。
 早々としゃべりながら出て行った人たちは、制作者側のこの仕掛けをたのしめません。
 見逃し三振です。
 音を聞いてドタドタと戻ってきた人もいましたが、それもアウトです。
 アウトですが、『しまった』と思った人は次から変われます。
 いまどき、エンドロール後に追加の映像があるのは、珍しいことでもありません。
 トイレ以外で席を立ったら、戻らないのが映画館でのマナーです。

 たくさん映画館に行くようになると、毎回同じ予告を観ます。
 それでも予告から観れるように行きます。
 本編前の10分が、集中するためのウォーミングアップになるからです。
 その予告の間中、しゃべっている人もいます。
 そういう人がエンドロールの間にしゃべりながら帰る人です。
 これは、ワンセットのようです。

 マナーの悪い人は、『しまった』体験をしない限り、チャンスを逃していることにすら気づけないのが実際です。


 P.S.
 私も昔はエンドロールを観ないで出ていました。
 エンドロールの余韻まで大切にする子と付き合ってから、変わりました。

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