一瞬の表情と間のすべてに、意味がある。
映画は、ワンシーンからどれだけの非言語の世界を読み取れるかで、作品のおもしろさが変わります。
本を読むことと同じです。
書かれていることの、行間を読む力が問われます。
書かれていないことを発見することが、本を読むおもしろさです。
映画のワンシーンの、表情の変化や、一瞬の間に、『あ、やっぱり』がたくさん隠れています。
私の場合、まだまだ見落としている部分がたくさんあります。
何度でも観たくなります。
映画の約2時間には、一切の無駄なシーンがありません。
2時間で壮大なスケールを、ストーリーとして伝えるのに、無駄をしていられません。
非言語の中に、ストーリーが隠れています。
それを自分の中で想像して言語化するから、おもしろいのです。
【96時間 レクイエム】で、切れ者警部が事件現場にあったパンをひと口食べます。
そこに、一瞬の間があります。
現場を調べている仲間に『お味は?』と聞かれ、『うまいね』と、サラッと答えます。
この一瞬の間に、切れ者警部が事件の答えを見つけたことが、表現されています。
ひと口のパンで、容疑者が犯人ではないことがわかるのです。
優秀な部下たちには、伝えません。
優秀な部下たちは、容疑者を犯人と思い追いかけます。
切れ者警部が容疑者を追いかけるのは、真犯人を捕まえるためです。
裏で大きな組織が動いていることを、パンから読み取っています。
追いかける目的が違うのです。
優秀な部下は、この勝負は楽勝だ、と思っています。
切れ者警部だけが、最初から手ごわい敵だと、わかっているのです。
映画の終盤で、『パンが温かかったから、君が犯人でないことはわかっていた』と、切れ者警部が言うシーンがあります。
『やっぱりね』と思うと同時に、言わずに非言語のままにしておいてほしかった、とも思いました。
今回が96時間シリーズのラストとは言え、まだリターンがあるのではないかと想像します。
ラストシーンで、優秀な部下たちが切れ者警部と、容疑者を“据わった眼差し”で見るのです。
そのワンカットが、なにを意味するのだろう。
そう考えると、想像力がはたらきます。
たったひとりを捕まえ切れなかった優秀な部下たちのプライドをかけた復讐劇の始まりです。
数年後、刑務所から出てきた犯人と、きっと手を組み二人に復讐するのです。
今度は、切れ者警部と、リーアム・ニーソンのタッグです。
その時のために、観ていない前2作も観ておこうと思います。
きっと前2作を観てから今作を観たら、またおもしろい発見があるだろう。
P.S.
リーアム・ニーソンがセクシー過ぎです。
自分も将来、あんなカッコよすぎるオヤジになりたい。
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