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2019年6月30日 (日)

整体は生命エネルギーの感応力を高めるために在る。

整体するとは、生命エネルギーを賦活することです。
どうすれば賦活するのか。
私は神経の通り道である脊柱を最重要視しております。

私が治療の際に見ているのは、身体の何処にツマリがあるかです。
痛みというのはそのツマリの集積の結果に過ぎません。
ツマリはどこにでも起こる。
足の裏かもしれませんし、背中に目立つ人もいれば、頸椎にある人もいれば、そのすべてにある人もいる。
それこそ心にもツマリが起こる。
精神のツマリは肉体と表裏ですから、どこにだって痛みなどかんたんに現れます。

今は身体を機械論的にみる方がほとんどです。
「先生、どうして痛いんですか?腰から来てますか?肩から来てますか?筋肉が固いからですか?それは荷物を右でばかり持っているからですか?左でも持つように心掛けているのですが。それとも子供を抱っこしたからでしょうか。」

こういうことを言うのは、人間を機械としてとらえているからなのです。
AすればBになる。
BすればCになる。
そう考えているわけです。
レンジでチンすれば、温まる。
それと同じ考えです。
しかし、人間の身体というのはそうはできておりません。
チンしたら冷えた、ということも起こり得る。
AすればCにも、Dにも、Zにもなり得るのが人間というものの在りようです。

 

便宜上、「ここがズレているからね」と話すことがあります。
ただ困ったことに、本当に機械論的に身体を考える人は、積み木がズレているかのように考えてしまいます。
タワーマンションは真っ直ぐ立っていなければ困りますが、本来、自然の真っ直ぐには、さまざまな「表情のある真っ直ぐ」が存在します。

自然に存する木の真っ直ぐは、左右にうねりながら真っ直ぐ伸びていますよね。
林試の森公園に行けば自然の真っ直ぐに出会えるわけですが、我々現代人の想像する真っ直ぐは機械的な真っ直ぐであり、味気ない、人間味のない真っ直ぐを「美しい」とさえ思っている節がある。

 

整体する。
つまり身体が整っていくようにするには、痛みも活用しなければなりません。
肩が凝るという違和さえも、すぐに湿布で誤魔化すから、生命エネルギーの賦活チャンスがすぐに奪われてしまう(自ら奪っているのだが)。
腰痛や肩こりこそが生命エネルギーを賦活させるきっかけとしてあるのだと気づかねばなりません。
整体治療は腰痛を消すためにあるのではありません。
腰痛を通じて生命エネルギーを賦活させるためにあると私は考えております。

昔は養生という考えがありました。

養生というのは、良いことも悪いことも活用して「養生する」なのです。
身体に良いことばかりが養生なのではなく、時に毒に触れることも養生だと知らねばなりません。
清潔であることで、身体を弱める。
一定の黴菌のおかげ様で身体は強くなれるのです。

これは精神にも言えます。
今は何でもかんでも精神的な毒を排除するようになりました。
嫌な人とは付き合えない時代です。
これほど潔癖な時代はないでしょう。
これも物質至上主義の行き過ぎた故なのです。
自分に都合の良い、楽で簡単で、効率的なコトがハイパフォーマンスという世になりました。
痛みを感じるなどもってのほか。
今ほど、痛みに対してアレルギーが強い時代はありません。
肉体的な毒や精神的な毒を今は飲み込めるだけの強い肉体精神がないのです。

「歩いたほうがいいですか?」と質問される時代です。

歩くなど、生命の活動において当たり前なことが、もうそれすらも億劫になった人間に堕ちてしまったのです。
要は生命エネルギーが不足しているのです。
生命エネルギーが「感応できない身体」になっているとも言えるでしょう。
私の仕事は「感応できる身体」に向かわせることだけです。
頑なに拒む身体も多いわけですが、多くはその精神が拒んでいるように感じます。
機械論的な脳が、せっかくの心地よい刺激に対しても頭で考え、「さっきよりはちょっといいかな」程度の反応しかできないのです。
肩を動かしてみて、さっきと頭を使って比べているのです。
それでも反応するだけ、まだマシです。
本当に感応力のない人は、あらゆる刺激に対して無表情ですから。

 

感応力に欠ける根底には、腸内の脆弱化があります。
今は規格化された食品や添加物があふれており、それを処理できるだけの菌食量が断然減ってしまった。
如何に腸内環境を良くするかが生命エネルギーの感応力を高めると言えます。

また背骨こそ生命エネルギーの通り道と言えます。
脊髄神経の通り道である脊柱こそ、磨く必要性を感じます。
脊柱の弾力性は人と比べてどうというものではない。
その人にとって必要な弾力の回復を促すように触っていく。
脊柱の弾力と共に、気持ちにも弾力が出てくることが手に取るように解ります。

背骨と腸、肉の要と書く腰との連関性は、生命エネルギーを高めるために見落としてはならない部位です。
その相互連関を磨くことが「整体する」ことと言えそうだ。

不思議なもので、菌食を摂るようになり、どうやら患者さんのツマリに感応する身体になってきているようだ。
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日々、研究は続く。

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