カテゴリー「心と体」の309件の投稿

2015年8月13日 (木)

勝手な未来予測は、自分の願望でもある。

 昨日からエレベーター工事がはじまりました。
 今回は5日間、階段での生活です。
 『今回は』というのは、昨年末から今年にかけても、移転前のビルが1週間以上エレベーター工事でした。
 エレベーター工事とご縁があるようです。

 このお盆中も休まず、通常どおりの受付をしております。
 さすがにエレベーターが動かないし、当院は5Fですから「あまり来ないかな」と勝手に思っていました。
 蓋をあけてみれば、昨日は1日中ミッチリ施術をしていました。
 今日も予約段階ではスッカラカンに近かったのですが、余裕がありながらも、今まで施術をしております。
 施術後の予約受付でエレベーター工事のことを必ず伝えていましたが、「じゃあその日は避けます」という方が多くなります。
 おもしろいもので、当日になると「先生、やっぱり階段のぼります」と電話をくれる方もいます。
 当日になると、覚悟が決まるようです。

 思い込みというのは時に厄介なもので、自分で勝手に「きっとこうだろう」と未来を予測して、そうなるべく行動をしています。
 だいたいあまり良くない思い込みです。
 例えばよく言われる「ニッパチ(2月8月)」も同じです。
 「2月は寒いから、8月は暑いから、商売で客足がとだえる時期」というような意味合いで言われます。
 実際は、「そういうことに影響を受けるところもあれば、受けないところもある」というだけのことで、それがうまく行かない理由にはなりません。
 そういう思い込みは捨てても良いのです。
 「8月は暇だから」という人は、自分の言ったことを叶えるべく、暇になるような行動を無意識にします。
 暇なことは悪いことばかりでなく、その分「ラク」なわけですから、その「ラク」を叶えるわけです。
 言ったとおりにしたくなるのが人の習性のようです。

 私の「あまり来ないかな」という勝ってな予測も、無駄なものです。
 心のどこかで、「暇でラクしたいな」と願っていたというだけのことです。
 その証拠の行動として、TSUTAYAでいつもより多めにDVDを借りていたりするし。
 やることは他にもたくさんあるのに。
 自分に甘いなぁと実感しているお盆です。

 さて、これからまた、はじめてくる方を施術します。

 P.S.
 みなさん、階段、気をつけて上がって来てくださいね。
 ちょっとした達成感が、ありますから。

 【新しい院の場所】
Img064
☎03-5888-5172
品川区西五反田1-33-10
西五反田サインタワー5F
【姿勢リフォーム整体】
射水徹

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2015年5月15日 (金)

捨てることから、はじめよう。

 開業の前夜、なにを考えていたっけな。

 明日で、五反田で開業してちょうど8年になります。
 今は移転の準備で、原状回復のことや、新物件の内装の話し合いを進めています。

 8年前とは施術の考え方ややり方も、大きく変わってしまった。
 この機会に一度、いろんなコト、モノを捨てる。
 院の名前も変える。
 36歳になる前に、35年間のデトックスをしよう。
 いらない服や、もう読まないであろう本。
 そういう小さいことから、今までずっと捨てれずにしがみついていた大切だと思い込んでいたモノまで、できるだけたくさんのコト、モノを捨てます。
 スッカラカンになろうと思う。
 昨日、業者さんに「予算は?」と聞かれました。
 前回も聞かれたけど、あえて応えませんでした。
 自分がほしいカタチ、モノを素直に伝え、本当に欲しいと思うモノをほしい。
 だから予算から入りたくないのです。
 いくらかかったとしても、自分がほしい環境にしたくて。
 もちろん無駄にいらんもんまで支払おうとは思いません。
 ただ、はじめから限界を決めてしまうと、ツマラナイので。
 欲しいモノをきちんと伝え、それに対して出た答えに、プラスマイナスをしていく考えでいます。

 ブログもすっかり放ったらかし状態だったな。
 移転したらこのココログも完全にやめよ。
 書いたものの削除はしません。
 続けてきたことでもあるので。
 新しくスタートする。
 そして好き勝手書くことにする。
 今までずっとイイカッコばかりしてきたように思います。
 こんなこと言ったら、嫌われちゃうかな、とか。
 そういうの、もうやめた。
 よくお客様のニーズに応えましょうというけれど、その考え方もやめる。
 自分のニーズに最大限応えることが、結局は最大のお客様ニーズになると思うので。
 自分のニーズに応えられない人間が、人のニーズなんてわからないでしょう。
 そもそも。
 だから、自分ニーズで。
 それで嫌われたらそれはイイコト。
 自分を嫌う人を振り向かせる努力は無駄な努力だ。
 そんな自分でも好きだと言ってくれる人と付き合っていければ、それで充分。
 それもひとつの、捨てること。
 デトックスだ。
 身軽になって、羽ばたきます。


 P.S.
 8年ってあっと言う間ですね。
 経ってみると、そんなに経った気がしない。
 パーテーションも床も、綺麗だし。

 P.S.2
 今日も8年前からの顔ぶれ(独立前からも)を、院で見ることができています。
 ずっとずっと、ありがとう。
 感謝。

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2015年4月17日 (金)

アンネ・フランクは、厳しい状況でも、いつも自由に生きていた。

 院に置いてある本をパッと開くと、アンネ・フランクの言葉が書かれていました。
 「青空を見上げていられる私は、不幸ではない」というような内容です。
 その日の夜に観た映画【きっと、星のせいじゃない】に、アンネ・フランクが第二次世界大戦中に身を隠していた実際の屋根裏部屋でのシーンがありました。
 同じ日に、アンネが二度も出てきたということは、【アンネの日記】を読めということなのだと感じ、いま読んでいるところです。

 アンネはナチスの迫害に追われ、身を潜めている間、日記を書き続けました。
 アンネは自分の想いを、ストレートに表現しています。
 1日中外に出れず、屋根裏で身を潜めている人が書いたとは思えません。
 ノートが友達なのです。
 人に言えないことも、ノートには書けます。
 アンネは、ノートを広げた時に自由を感じていたようです。
 素直に感情を表に出してみることは、心の栄養になるのです。

 当院に通われている方にも、戦争を経験している方がいます。
 つい先日、防空壕で過ごしていた時のことを、お話してくださいました。
 私にとっては、映画や資料映像での世界です。
 「先生、今ってみんな不景気とか、生活が苦しいって言いますけど、正直私にはよくわからないんです。豊かですよね。戦闘機が飛んでいるのを見ていましたから、あの頃のことを思うと、そう思うんです」と話して下さいました。

 映画【きっと、星のせいじゃない】の中で「人は苦しみながらも、生きることができる。それは、あなたが教えてくれた」というセリフがありました。
 同じ苦しい環境でも、映画の主人公や、アンネのように生きる人もいますし、鬱々と下をみて過ごす人もいることでしょう。
 それは自分で100%選ぶことができるのです。

 知人の旦那さんが、鬱になってしまったようです。
 仕事にも行けなくなり、困っているそうです。
 きびしいようですが、それは本人が、自分で鬱になることを選んでいるのです。 
 そういうものだと思います。
 「たしかにそうです。でも旦那に『あなた、自分がなりたくてなってんだから』とかもし言っちゃったら、落ち込むだろうなぁ」と言ってました。
 奥さんが、思い詰めないでほしいと思う。
 身内である以上無視はできません。
 それでも、やはり本人の問題なのです。
 本人が自分で、「あ、俺生き方変えよう」と思わない限り、鬱の状態から変わらないだろうし、変わりたくもないのです。
 無理にクスリでなんとかしちゃう方が、よっぽど苦しいです。
 鬱でいることが楽だから、鬱なのです。
 厳しく聞こえるでしょうか。

 不景気だろうが、なんだろうが、今は豊かだなと思います。
 結構、贅沢な時代なのだと思います。
 同じ治療院を経営している仲間が、「なかなかうまくいきません」と、五反田を訪ねてきました。
 「なかなかうまくいかない」ことを悩めることって、豊かだと思うのです。
 「うまくいかないんだ、じゃあ、この本読んでみれば?」
 「はい、読みます」と、本を買って読んでいます。
 昔は本など金持ちしか読めない時代があったのです。
 今は、豊かだと思います。
 「痩せれないんです」と言いながら、好きなように好きなモノを食べまくりながら悩める時代です。
 豊かすぎると思います。
 ありがたいことなのです。

 【あらゆることは、AかBかの二者択一問題です。自分が好きな方の生き方を、選ぶことができるのです。】
 
 P.S.
 今夜ももう少し、ノートを広げておきます。

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2015年3月10日 (火)

自分の口にしている言葉を整えることは、周りの人の緊張を解きほぐすことにもなる。

 早朝に走ってから、公園で20分ほどヨーガアーサナをします。
 体をひねるアーサナと逆立をやります。
 はじめた頃は逆立をしていると周囲の声が気になりました。
 「あの人すごいね」「見て見て、全然動かないよ」という声があちこちから聴こえてきます。
 それがちょっとした快感だったのです。
 男は「スゴイ」という言葉に、本当に弱い。
 「スゴイ」に意識が向きます。
 日課になってくると、言われ慣れてか、以前ほど気にならなくなりました。
 一番気になるのは、犬が近寄ってくる音です。
 やたらと犬が私に近づいてくるのです。
 「そっち行ったらお兄さんの邪魔になるからダメ」という飼い主さんの声が、いつも聴こえてきます。
 逆立している最中は、目をつぶり、音に集中しています。
 風で木の葉がゆれる音、ゲートボールの音、子供たちの声、カメラのシャッターを切る音。
 世界は音に溢れていることを実感します。
 私たちは普段から、聴覚でかなりの情報をキャッチしているのです。
 特に目をつぶった状態では、音で自分の周囲を観察しています。
 子供の声が近づいてきた時は、いたずらされて倒れないように、意識を子供の足音に集中します。
 聴こえてくる音によってリラックスもしますし、緊張もします。
 想像以上に、音で体の状態は変化しているのです。


 愚痴不平不満を周囲に撒き散らす人もいますが、それも音です。
 私は愚痴不平不満を、“ただの音”として解釈するようにしています。
 これは集中力を高める練習になります。
 内容を聞こうとするのではなく、周囲の音と同じように、ただの音としてキャッチする練習をするのです。
 音楽でも練習できます。
 頭の中で歌うのではなく、あくまで音としてキャッチする練習です。
 ただの音としてキャッチできるようになると、イヤな話を聞くことで生まれる緊張を回避できます。
 「スゴイね」が気にならなくなるように、スルーできてくるのです。
 本を読んだり、ノートする時に、カフェのガヤガヤ感が逆に集中できる感じに似ています。
 愚痴不平不満を言っている本人は、その声を常に自分で聞いています。
 自分が一番キャッチしているのです。

 言っている本人が、その音に一番やられています。
 「自分の発している言葉通りの人間になる」と、よく本に書いてあります。
 そのことは言葉としては理解できるのですが、体感覚としてあまりピンときませんでした。
 音を意識した生活をしていると、やっぱり自分の発する言葉(音)は大切だなと感じるようになりました。

 倍音声明のセミナーに参加したことがあります。
 大勢で低音の声を出して瞑想します。
 不思議なことに、あるはずのない高音が聴こえてきたり、自分が音の中にフワフワと漂っているかのような感覚になります。
 その時のリラックス感は日常では感じられない不思議な感覚でした。
 公園で逆立瞑想していると、それに似たような感覚が、たまにあります。
 今朝はそのフワフワ感を久し振りに感じました。
 後から振り返ると、集中できていたことに気づきます。
 集中できたときだけ、その感覚が得られるようです。
 心地よい音に囲まれると、体は断然リラックスできるようになります。
 日頃、自分の周囲にはどんな音が溢れているのか、意識してみると良いと思います。

 【自分の言葉から、変えてみよう。】


 P.S.
 水風呂の最中も水に沈みながら、水を溜める音に集中します。
 音に集中すると水の冷たさにも体が馴染むのが早く感じます。

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2015年2月20日 (金)

人に理解されない、好きなことをしよう。

 『何を目指してるんですか?』と質問する人は、何かしたら何かを得ないと納得できない人です。
 言いかえると『それやってなんになるの?なにか人生の足しになるんですか?』と言っています。
 費用対効果ばかり、気にしているのです。
 テニスを好きでしている人に『それやってなんになるんですか?』と言っているのと同じことです。
 もしも私が、『しょっちゅう歌舞伎行ったり、映画観たり、どこを目指しているんですか?』と聞かれたら、『どこも目指してないですよ』と答えます。
 興味があって行きたいだけです。
 好きなことをして生きていない人がする質問NO.1が、『何を目指してるんですか?』です。
 世間体を盾に、あの人のしていることが理解できないと言っているのです。
 逆に言うと、質問された人はその道で間違っていません。
 そのまま何も目指さずに、突き進んで大丈夫です。
 人からまったく理解されない、自分のしている好きなことの中に未来があります。
 効果を求めてやっていることは、好きなことではありません。
 それは、今すぐ止めていいことです。


 人に認められたくてしていることを、早く捨てればいいのです。
 その瞬間に、自分の人生が始まります。
 私も、人の目ばかりを気にして生きてきました。
 そんな時期も必要なことだったのだと思うのです。
 今でも気になることはあります。
 そんな時、『人から良く見られたいと思っていないか』、自分に問います。
 そう思ってやっていることは、もうやらなくていいことだからです。

 
例えば、このブログもそうです。
 『こんな風に書いたら悪く思われるかな』と考えることが、以前はありました。
 今は以前のように気になりません。
 人がどう感じるかは、私のコントロールできるものではないからです。
 『いまの自分はこう』と言い切ってしまうことの方が大切です。
 どう思われてもいいのです。
 好きなことをして生きている人は、人に認められたくてやっているのではありません。
 自分が好きだからやっています。

 うまくいかなくても、なんの効果もなくても、やってしまうのです。

 私も言ったことがあります。
 『アイツ、なに目指してるんだろうな』と。
 今は、アイツがスゴイな、と思います。
 アイツのように、生きたいと思うのです。
 好きなことをやって生きている人は、カッコイイです。
 そんな人が身近にいる人は、ラッキーです。

 【『なに目指しているの』と言われることを、しよう。】

 P.S.
 これやるの苦しいんだけど、やっちゃうと快感でやめられないんだよね。
 苦しみながら楽しそうな人が、カッコイイ。

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2015年2月13日 (金)

ツライなぁと、笑ってみよう。

 厳しい状況の中でも笑っていれる人からは、強さと優しさを感じます。
 イヤなことがあるとムスッとしてしまうのは普通のことです。
 なかなか笑えません。
 無理にでも顔を上げ、ニコッとしてみると、なんとなく行けるものです。
 私はイヤなことがあると、『ハッハッハッ』と声を出して鏡の前でニッコリ笑ってみます。
 誰もいない院で、よくやります。
 いつからか、そういう習慣です。
 私の場合、イヤなことがあるとすぐにムスッとしてしまいます。
 その数分後、ムスッをかき消す意味で、笑います。
 『またさっきムスッとしちゃったな』と気づいてニッコリするのです。
 それで帳消しです。
 引きずらないための、自分の中の儀式となっています。
 どんな状況でも、笑おうと思えば笑えるものです。
 ドギツイ失恋をした時でさえ、意識ひとつで笑えます。
 笑えれば、どうにかなるものです。

 映画【サンバ】に出てくる人たちは、どんな苦しい状況にも活路を見い出していきます。
 苦しい中にも、笑いがあります。
 苦しい状況にある仲間と共に、笑い合えるのです。
 今日がツラかったら、まず笑ってみる。
 失敗したら、まず笑ってみる。
 それで何か変わるものでもないけれど。
 なんとかなる気は、してくるんじゃないかな。

 P.S.
 笑いジワのある大人が、カッコイイです。

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2015年2月 6日 (金)

狭まる体験が、キャパを広げてくれる。

 視野を広げるためには、視野が狭まる体験をしていくことです。
 視野が狭まると、失敗は付いてまわります。
 失敗をするからこそ、広い知見をもって考えることができるようになります。

 恋愛は視野狭窄を起こします。
 映画【ビッグ・アイズ】で、主人公は恋に落ち、視野狭窄を起こします。
 当たり前の判断ができず、ズルズル深みにハマっていきます。
 『まぁいいか、なんとかなるだろう』という気持ちになるのです。
 【JOKER GAME】の亀梨くんも同じです。
 恋心から生まれた一瞬の隙を突かれます。
 それくらい、当たり前のことができなくなるのが、恋です。
 ダサくなります。
 カッコつけようとしても、カッコつけられなくなるのです。
 『なんであんなことしちゃったんだろう』と思うのは、やってみたから思えることです。
 まわりが見えなくなる経験があるから、まわりが見えてきます。

 『あの人は彼氏(彼女)がいるから無理』という人は、条件を並べて逃げます。
 条件を並べてチャレンジがありません。
 失敗もないのです。
 『本当は行っちゃマズイかもしれないけれど、でもどうしても行くしか道がないんだよね』と、一方通行になるのが恋です。
 制御不能です。
 制御不能の時は、必ず視野狭窄を起こしています。
 だから失敗もします。
 そうやって失敗を繰り返しながら、キャパが広がっていくのです。
 100回ハズして、101回目に打ち抜けば、それでいいのです。

 P.S.
 『僕は死にましぇん』を思い出しました。

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2015年2月 3日 (火)

見た目を、磨こう。

 人は見た目で判断されます。
 判断してもいます。

 『人は外見じゃない』と言います。
 たしかにその通りです。
 外見“だけ”じゃないだけで、外見はモロに見られています。
 
 百田尚樹さんの小説【モンスター】の主人公である和子は、自分の醜い外見に苦しみます。
 いわゆるお笑い芸人のような“笑いにできる顔”ではないのです。
 眼を反らせてしまうほどのものと、想像させられます。

 『私のどこが好きなの』と聞かれた時、即答で『顔』と答えたことがあります。
 素直に答えたのですが、女性的にはあまりよろしくない答えだったようです。
 その話を施術中にしたことがあり、『先生、それは嫌だな、もっとあるじゃない、内面のこととか』と言われました。
 たしかに、はじめは何とも思っていなかったのに、連絡を取り合う内に惚れていくこともある。
 それでも、丸っきり好みじゃない人を好きにはならないと思う。
 外見も、『あ、なんかかわいいなぁ』と思うから好きになっていく。

 『結局外見か』と怒りをあらわにする人もいるかもしれない。
 ムカついた人は【モンスター】を読んだ方がいい。
 
 それでも、人は内面の方が大切で、と綺麗ごとを言えるのだろうか。
 それで和子が『そうね』と笑顔で納得するだろうか。
 個人的には『あなたの顔が好き』なんて言われたらメチャクチャ嬉しくなる。
 考えてみたら、そんなこと人生で一度も言われたことがない。
 
 『やさしいところ』なんて陳腐な解答を言われても、『は~そうですか』と思ってしまうのだが。

 【モンスター】を読みながら想像していました。
 もしも、自分が和子だったら。
 もしも、自分が和子に愛を告げられる立場にある男だったとしたら。

 自分が和子だったら、絶対に整形するだろう。
 自分が和子に告白されたら、絶対に断るだろう。
 自分が整形後の和子だったら、昔好きになった人に会いたくなるだろう。
 自分が整形後の和子に迫られたら、絶対に断らないだろう。

 なんだ。
 自分も『モンスター』じゃないか。

 P.S.
 今からユキミさんご案内のもと、青山でスキンケアを教えてもらってきます。
 今までは、水でザブッと洗って終わりでした。
 これからは、肌の手入れも少しはしていこう。

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2015年1月28日 (水)

条件を言う前に、まず触れてみよう。

 すべてを理解しようとすると、嫌いになります。
 どこかひとつ、お気に入りを見つけたら、それをきっかけにもっと好きになります。

 はじめて歌舞伎に行きました。
 すべてを理解しようと思って観ていたら、疲れます。
 たったひとつだけ心に残る動き、感情を表現する声の出し方、鬼気迫る舞台の空気感や笑える部分。
 どこかひとつ見つけられたら、メチャクチャおもしろいです。
 展覧会と同じです。
 100点の作品のたったひとつ好きな絵があれば、他の99点は無視して良いのです。

 私は歩き方にこだわりがあります。
 脚の運びを観てしまいます。
 脚の運びを観るのが好きなのです。
 歌舞伎の動きは細やかで流れがあります。
 脚の運びに細かいリズムがあります。
 あるシーンで大股から少しずつ小股になっていく動きがありました。
 その少しずつ起こる細やかな変化が、流動的でとても美しいのです。
 歌舞伎の動きは、腹の出まくっているオッサンのようにドタドタしていません。
 特に女性役の人の動きは静かです。
 すり足で動いていました。
 ずっと脚の運びに注目して観ていたので、帰りは私もすり足気味に歩いていました。
 すぐに真似をしてみたくなります。

 人も歌舞伎と同じです。
 はじめからすべてを理解しようとすると、うまくはいきません。
 その関係は、ツマラナイものになります。
 『アノ人は、よくわからないから嫌だ』となります。
 人の価値観は、人の数だけあります。
 同じ価値観の人を好きにはなりません。
 『価値観は違うとこあるけど、ココが良いんだよね』と、ひとつ好きになれば、その人といてたのしいです。
 人をなかなか好きになれない人は、すべてが自分好みを探します。
 条件が先行するのです。
 『なかなかいい人がいないんですよ』と言います。
 そういう言葉を聞くたびに、本当だろうか、と思います。
 自分が“条件魔”になっていることに気づいていないのです。
 
 『歌舞伎に行こう』と言って、『おもしろいなら行く』という人は、条件ありきです。
 そういう人とは行きたくありません。
 『わからないけど、行ってみたい』という人に、魅かれます。
 あの人とは価値観が違うからという人は、『価値観が同じ』=『好きになる人』という思い込みがあります。
 価値観は、違うから魅かれるのです。
 なんでも自分と同じ考えの人を好きにはなりません。
 『そんなこともアリだよね』と思わせてくれる人に、魅かれるのです。

 期待して歌舞伎を100点から入る人は観れないでしょう。
 よくわからないだろう、から入る人は好きになるチャンスがたくさん転がっています。
 はじめて触れるものすべてに、同じことが言えます。
 100点満点から入ると、あとは落ちていく一方です。
 0点スタートで、加点していけばいいのです。
 わからないことは、知っていくプロセスにたのしみを見出せます。
 理解できないことが、未来のたのしみになるのです。

 P.S.
 
 
 私が笑えないところで、会場に笑いが起こります。
 知らないと、笑えないのです。
 笑えないのは、ツマラナイのではなく、ついていけてないのです。
 もっと知りたくなりました。

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2015年1月20日 (火)

負けることで、スタートしよう。

 勝つことだけが大切なことではありません。
 きちんと負けることも大切です。
 きちんと負けることで、次に進むことができます。



 『きちんと負けろ』が、映画【アゲイン 28年目の甲子園】のキーワードです。
 中井貴一さん演じる坂町は、きちんと負けることで、失ってきたことをひとつひとつ取り戻していきます。
 『あーなったのは、俺のせいじゃない』
 『俺はまだあの時のことを許せていない』
 そう言って過去の出来事を引きずる人は多いです。
 映画にはそんな過去を引きずる元高校球児たちが出てきます。
 時間が過去で止まって、動かないのです。

 坂町は心を閉ざしている娘との関係に向き合います。
 『試合、観に来てくれないか』と、はじめて今の自分の気持ちを伝えます。
 チケットを渡すと、娘の心の奥底にあった感情があふれ出ます。
 自分の気持ちを伝えたから、娘も父に対して言いたいこと言えたのです。
 あのシーンで初めて、坂町は娘に“きちんと負けた”のです。
 心が癒える瞬間は、心の中にある思いを言えた時に起こります。
 『癒える』とは、『言える』ことです。
 娘は坂町が伝えてくれたことが、本当はうれしかったのです。

 なにかチャレンジした時、『うまく行きました』『ダメでした』で終わったら、その結果以外は残りません。
 どうしてうまくいったのか、どうしてダメだったのか、まで考えます。
 『次はこうしよう』まで考えないと、ただやっただけのことです。
 特に運良くうまく行ってしまった側は、『勝ったからいいや』で終わります。
 これが一番悲惨なパターンです。
 次勝てるとも限りませんが、なかなか次の工夫まではしないのです。
 『ダメでした』には、可能性があります。
 負けたことで、『次はこうしよう』が必ず見つかります。
 
 “きちんと負ける”ことは、終わりではなく、スタートなのです。


 P.S.
 たったひとつの詰まりが取れるだけで、すべての歯車が回り始めます。
 根っこの問題に向き合っていく中で、すべてが変わり始めていくことが、この映画には描かれています。

 P.S.2
 父と、キャッチボールをしたくなりました。

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